一端の翻訳者ならいつかは経験するだろう「改悪」。そのフィードバックには、冷静な対処が必要だ。
翻訳者として仕事をしていると、時として理不尽なレビュー修正が加えられてテキストを返されることがある。これは、クライアントやプロマネが日本語を理解できない場合に多い。
品質について理不尽な因縁を付けられたり、改悪を受けて困っている翻訳者、あるいはこれから困るであろう翻訳者
冷静な態度で!
自分が思う最善を尽くした納品について、改悪を受けて文句を言われたリ、変な修正を加えられて品質が悪いと言われるのはおもしろいことじゃない。だが、まずはグッとこらえよう。
まず、一番悪いパターンは、理不尽なフィードバックを受けたり、改悪されたテキストを返されたりしたときに、すぐに感情的にメールで返事を書いて「何言っちゃってるんだ、このうすらトンカチめ!こっちは、プロ意識持って仕事してんだ。こんな改悪するとはなにごとだ!」と罵ることだ。
これは言い過ぎだが、すぐに感情的にメールを返しても、事が大きくなったり、トラブルに発展するだけなので、まずは気持ちを落ち着けることが大切だ。
きちんとした仕事をして、それを納品しているなら、いくらでも弁明の余地はある。それほど心配することはない。
まずは、PCを閉じて席を離れ、コーヒーでもすすりに行けばいい。
レビューアーが誰なのかを把握する
フィードバックを書いた人について知ることが重要だ。レビューアーの立場によって、求めることが違ってくるはずだ。
気持ちが落ち着いたら、実際に対処に移るわけだが、ここで把握しておくべき重要なことがある。それは、「レビューアーが誰なのか」を知ることだ。
レビューアーの立場には、以下の3種類が考えられる。
翻訳者以外がレビューアーだった場合
場合によっては、外注した翻訳をチェックする人が技術者やドキュメント担当者など、翻訳者以外ということがある。その場合、言語的な言い訳をしてもあまり通じないことが多い。
エンジニアには、エンジニアにわかりやすい文体や言い回しというものがある。たとえば、「Enter the command」という文の訳では、多くの技術者は「そのコマンドを入力する」という表現は好まなない。「そのコマンドを使用する」もしくは「そのコマンドを実行する」という言い方を好む傾向がある。
このような場合、「そのコマンドを入力してください」という翻訳が決して間違っているわけではないが、こうのようなことで修正をくらう可能性は十分にある。
これは、間違いだとか、誤訳という部分が問題になっているのではない。このような状況で大切なのは、まずは提供した翻訳にはミスがないことを伝えることだ。決して悪い仕事をしたわけではないことを。
過去のドキュメントの訳文が既に存在する場合は、そういったものもチェックする必要がある。
もし、過去を参照してもそういった傾向が見られない場合や、参照資料が全くない場合には、その旨を伝える必要がある。
社内翻訳者だった場合
レビューを行った人が翻訳者であるからには、言語的な弁解を行う必要がある。ここで大事なのは、指摘を今一度確認し、自分の訳に間違いがなかったことを明らかにしなければならない。
また、改悪が行われた場合は、そこがどうして改悪なのかを説明しなければならない。
社内翻訳者は当然、その会社の製品について熟知している。そして、これまで行ってきた、その会社、その製品特有の翻訳方法や用語の訳し方、表現の方法などを採用している場合も多い。そう、これが時に、非常に変なものであっても。
このようなクセのある訳を求める場合は、クライアント側が翻訳を外注する時点で、スタイルガイドや説明で詳細に説明するのが一般的だ。しかし、社内翻訳者がシニア層であったり、熟年の社員であったりすると、説明がおろそかになることがある。
実際、ぼくが過去に受けた案件でも、理不尽な誤訳指摘を社内翻訳者から受けたことがある。たしか、「Power conditioner」という用語だった。用語集も用意されておらず、TM内にも過去訳がなかった。
そこで、クエリを提出したのだが、返事をもらうことができなかった。仕方がないので「パワーコンディショナー」と訳して提出した。しかし、その部分が誤訳として指摘されてフィードバックが戻ってきた。
その訳はなんと、「ソーラーシステム」だったのだ。んなもん、わかるかっての!?
ここで、ぼくが言いたいのは、その社内翻訳者にとってはあたり前の表現、用語、書き方があるにもかからわらず、説明してもっていない、あるいは質問しても相手にしてもらえないことがあるということだ。
その場合、クライアントに問題があるのは確かだが、「クライアントがだらしない」と文句を言っても始まらない。
ここで大切なのはやはり、自分の提供したものが業界標準の品質を満たしていること。いい加減なものでないことを説明する必要がある。
説明を行う際には、メールでのやり取りはできるだけ避けたほうがいい。その理由はメール形式では、しばらくやり取りが続き、その上で両者ともだんだん面倒になってくるためだ。
この場合、クエリのようにテンプレートを用意し、これにいくつか改悪をピックアップし、それがどうして改悪なのか、どのように変わったのか、なぜ元のほうが良いのかを書き出していく。また、意味のない修正であれば、レビューアーの好みの改変であることを説明する。
当然のことだが、クライアントはお客さんであることを忘れてはならない。相手に敬意を払い、丁寧な説明で弁明することが大事だ。
外注だった場合
クライアントによっては、レビュー作業をすべて外注する場合もある。身に覚えのない悪いフィードバックに加え、改悪が行われれ、クライアントから文句言われる場合は、クライアント側に日本語を理解できる人がいないことが多い。
身に覚えのないフィードバックが送られたり、改悪が行われるパターンは次の2つが考えられる。
単にレビューアーがしょぼい
クライアント側に日本語を理解できる人がいない場合、そのクライアントはレビューが悪いのか、翻訳が悪いのかを判断することはできない。
こうなると、どうしても実際のフィーバックが重要視される場合が多い。このような状況では、レポートシートを用い、日本がわからなくても弁解を理解できるように詳細に説明を行う必要がある。
本当に改悪しか見られないような場合は、「失礼は承知で言うが、このレビューアーの能力は疑わしいので、別の経験豊富なレビューアーに再びチェックしてはもらえないか」と提案することがお互いのためだ。
この場合、すべてを再びチェックしてもらう必要はない。部分的にピックアップし、品質確認を行うだけで十分だ。
宗教的な思い込みを押しつけるレビューアー
このケースも「レビューアーがしょぼい」というのには変わらないのだが、異常な信念を押しつけるリンギストもいることはいる。
たとえば、「冠詞が「a」の場合には「1つ」と訳さないとすべて誤訳」という柔軟性のない個人的な信念のようなものがそれにあたる。このレビュー方法は本来のレビューの意味を失っており、個人的な好みの問題でフィードバックを行っている。このようなものに、弁解を行っても水掛け論になって事が進まないだろう。
その場合も、「レビューアーの訳もありだが、自分のものが間違っているわけではない」ということを説明する必要がある。これも、メールのやり取りではなく、レポートのようなものにまとめ、1度に送るのがよい。
改悪内容と対処の実例
改悪の実際の内容と、それに対するコメント例を用意してみた。
改悪の内容は主に以下の3つが考えられる。
リーダビリティの問題
改悪によって日本語のよみやさすが損なわれている場合は、その内容を明らかにし、さらにはその文法について説明しているWebサイトや文法書などの引用を行うといい。
たとえば、「の」が多く付加され、〜の〜の〜のXXXというになっていたら、これがよくない理由を説明しつつ、それに関する文書のリンクなどを追加すると良い。
以下に実際の例を示す。
誤訳
改悪によって誤訳が生まれるのは、クライアントにとっても、こちらにとってもメリットはない。これもうまく伝える必要がある。
しかし、場合によっては社内翻訳者や社内のドキュメント担当者の好みや常識で独特な用語の訳があることもあるので注意が必要だ。
追加訳や訳抜け
追加訳や訳抜けは、単なるミスの場合と意図的なものがあるので、これも詳細に説明する必要がある。まずは、自分の訳を確認し、間違いがなければ、納品にはミスがないことを指摘することが重要だ。その上で、その理由を説明し、今後、このような訳が必要であれば参考資料などをもらえるように頼む必要がある。
さいごに
改悪というのは精神的にもキツいものだが、翻訳者でれば必ず経験することになる。対処の仕方次第ではトラブルにも発展しがちなので、あらかじめどのような対応を行うかを決めておくことが大切だ。
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