誤訳を指摘されて怒るヤツはプロじゃない

angry

ぼくは、さまざまな翻訳会社やベンダーのレビューをやってきた。多くの場合、詳細なフィードバックを書くのだけれど、それに対する翻訳者のリアクションには大きく分けて3つのタイプがある。「激怒」、「無視」、「感謝」。この記事では、一番タチの悪い激怒について説明する。

ぼくが誤りを見つけてあげて、それに対する回答まで用意して、時にはサジェスチョンまで提供してやるのに、なぜか怒る人が多い。

いいか。ミスを指摘されて怒るヤツは、自分の誤りを認めたくないだけの腰抜けヤロウだ。

それは誤りじゃない、~が悪い

必ずいる。ミスを認めないタイプ。「あー、これは原文がわかりにくいからです」とか「これはちゃんとした資料を用意してくれなかったからちゃんと理解できなかったです」とか。原文がわかりにくいにしても、資料が不足していても、そこでお粗末な翻訳を提供するのは、オマエが悪い。「あれ、おかしいな」と思ったらすぐに質問すればいいだけだ。質問もせずに、もしくは質問する能力もないくせに、そのまま誰かのせいにするなんてプロのすることじゃない。

「自分のミスを認めずに、~が悪いと」言い出すのは、自分に自信がなく、向上心のない証拠だ。できる翻訳者は、間違えても怒ったりせず、謝罪し、学習して、次の仕事の糧にする

これができなければ、生き残れやしないんだ。

締め切りが厳しすぎてちゃんと確認しているヒマがなかった

これこれ。こういう「自分を管理する能力がありません」って主張しているみたいなやつ。いいかい。仕事を引き受けたのはアンタだ。締め切りが厳しいなら納期の交渉をしっかりやって、十分な時間を確保してもらうなり、他の人と分けて作業するように頼んだりするのも仕事だ。自分を管理できないことを棚に上げて、「締め切りが厳しすぎる」だなんて、お高いマンションに住んでおきながら、家賃を払うときになって「家賃が高すぎるから全額支払えない」と言っているのと同じだ。こんな理屈が通るわけがない。

仕事がほしいという気持ちだけが高くなって自分には無理な納期のプロジェクトを引き受けるのは、プロがやることじゃない。プロならば自分のキャパシティを理解しているから、目先の利益だけを考えずに、おいしい案件でも相手を思いやって仕事を断る勇気を持っている

確かにそういう訳もあるよね、でもそれは言い方の問題だから

これも多い。こちらが行った変更や指摘した間違いを認めようとせずに、ただのバリエーションの違いでやり過ごそうとするやつ。よく覚えておいてほしい。少なくとも専属のレビューとして選ばれているレビューアーなら、エラーじゃないものを自分の好みでエラーとしてレポートすることなどない。もちろん、レビューアーだって人間だから間違えることもある。でも、レビューアーが「誤訳」と指定しているものは、95%は本当に間違いだ。本当にレビューアーの間違いだっていうのなら、それをちゃんと論理的かつ言語的に説明できないとダメ。

これを誤訳って言うなら、おまえのここだって誤訳だろ!

ベテランのレビューアーさんならわかるだろう。こちらが誤りを指摘すると、その誤りを認める前に、こちらの過去の翻訳の「ミス」をなんとしてでも探して、それをもってきて、「オマエだって間違っているんだから、誤訳だなんてぬかすな」て言い出すヤツ。レビューアーは別に嫌みで誤りを探しているんじゃないんだ。正式に納品する前にミスがあっちゃいけないから、第3者的な目でテキストを確認して、誤りを修正するのが役割なの。

そういうやり方しているともう仕事こなくなるよ。本当に。

仕事ができる翻訳者は謙虚だ

某アメリカコミックの翻訳レビューをしたときのこと(超有名なコミック、ヒーローもんって言えばわかるよね)。レビューの仕事とは思えない体験をした。日本語を読んでいくと、ただただストーリーに引き込まれ、仕事を忘れてそのコミックを真剣に読んでしまった。最後のページを読み終え、「次の巻!」と思ったとき我に返った。「ぼくはレビューしているんだった」って。

レビューしていることを忘れてしまうくらいその人の翻訳は上手だった。いや、翻訳が上手というより、こういう分野のストーリーを忠実に崩さない素晴らしい日本語が書かれていた。ちゃんとレビューをしたけど、エラーとしても誤字と句読点抜け程度で、誤訳といったものや、スタイル上のエラーなど一切なかった。修正後のものを提出すると、翻訳者から丁寧な返事が返ってきた。

細かいご指摘ありがとうございました。どんなに気をつけていてもミスはゼロにはなりません。まだまだ未熟な私のサポートをしていただき、大変感謝いたします。これからもよろしくお願いいたします」。

どうだ、至れり尽くせりだろう。こんなにも良い翻訳を読ませてもらったあげく、ストーリーも楽むことができ、そしてレビュー料だってもらえるんだから。こーんなにも素晴らしいことはない。

残念ながら、こういうケースはレアだ…。

フィードバックに慣れよう

翻訳者になったのなら、自分の翻訳が読まれ、そのフィードバックを受けるのは当たり前だと思う必要がある。多くのレビューアーは、あなたを攻撃しようとは思っていない。彼・彼女も仕事をしているのだ。フィードバックをもらえるのは非常にありがたいことだ。しかも、誤りを指摘してくれ、正しいと思われる訳なんて添えてくれた場合には、チップでも払ってやれと思うくらいありがたいことなんだ。

翻訳の添削なんて外注したら結構お金がかかる。それをタダで、しかも支払いを受けながらできるなんて、至れり尽くせりなことだ。

別にぼくは、レビューアーに頼って、ミスしてもいいと言っているのではない。レビューアーのフィードバックは真剣に受け止め、必要に応じてコメントを返そう。そう、敬意を払ってね。

間違えたなら素直に謝れ

間違ったら謝りましょう」。幼稚園で習ったでしょ。人間なんだから、そりゃあ間違ってしまうこともある。誤訳しちゃうときもあるし、タイポしちゃうときもある。もちろん、少ない、もしくはゼロのがいいのは当然だが、そういうわけにもいかんでしょう。

ミスを指摘されて、自分が間違っているのなら、それを認め、学習し、次からは気をつければいい。大抵の場合は、それで大丈夫。次に間違えなければいいんだから。

コメント

  1. 師岡洋 より:

    優秀な翻訳家でもおかしな反論をしますね。頭が良くても真理にたいして不誠実です。
    つぎのようなメールを 芸春秋か 田真紀子さんに送りたいのですが、どうすれば本人にとどけられるでしょうか。

    文芸春秋さま

    貴社発刊の書籍「スリーピング・ドール」(2008年 11月5日第二刷)を拝読いたしました。長大な作品の翻訳は大変なお仕事であろうと敬服いたします。ありがとうございます。
    さて、読み進んでいくうちにすこし疑問が生じ、それらについて意見をまとめました。つきましては、訳者、池田真紀子様にお伝えいただければ幸甚です。

    340ページ  「おい、どうした。こっちを見てごらん」
      私の訳 「おいどうした。俺を見つめるなんて」
    340ページ  「それでも、彼のミスはあなた方全員のミスでしょう」
     私の訳「それでも、彼(Pell)は一人なのに、あなた方は全員雁首をそろえていたのよ」

    名詞を数えるときは one cup, two cups, three cups と言いますが、代名詞では one of them, three of usというふうにof が必要になるといえるのではないでしょうか。それにしてもOne of himというのは初めて見ました。

    402ページ 「45度の角度を保って突進してくる高波」  
      私の訳 「摂氏7度の冷たい波」後続の「低体温」とつじつまが合います。
    429ページ 「ジョパディー」      
      辞書では「ジェパディー」 
    439ページ 「孫たちを甘やかす特権」    
     私の訳「孫と一緒にいる(company)喜びを満喫することができる」
    504ページ  「ビッグサー」
      英語風に発音すれば「ビッグサー」でいいでしょうが地元の人はsur がスペイン語の単語だということを知っているのでスペイン語ふうに「ビ(グ)スール」と発音していてほしい。これは私のwishful thinkingです。
    533ページ「夕暮れの空はきれいに晴れていた。霧はどこかで忙しくしているらしい」とてもユーモラスな訳。 
    私の訳「霧の覆いはよそにうつり、夕暮れの空はきれいに晴れていた。」

    • Aiden Pearce Aiden Pearce より:

      こんにちは。

      出版物であれば、出版社に伝えるのがよいのではないでしょうか。
      本人に直接伝えるのは、ちょっと難しいかもしれません。
      ホームページ等でメールアドレスがあれば、そこに連絡するのも手かと。

タイトルとURLをコピーしました