レビューやQA、トライアルの採点をやっていると、まるで中学・高校の国語の問題を解くような気持ちになることがある。すべてを”変換”したよう訳で、意味の読解を求められるような感覚だ。
丁寧さは認めるが、テキストを変換しただけの訳に値打ちはない。
日本語の流暢さが欠けているという理由でトライアルに落ちることがある人は、おそらくこれが原因だ。
中学・高校の英語の訳なら変換で通用するかもしれない。しかし、翻訳者としてお金をもらうには、その上を行く必要がある。
ヒューマントランスレーションを提供するなら、変換ではなく、翻訳を!
駆け出しの翻訳者
翻訳を勉強中の人
翻訳者になりたい人
あれ、あれ。ああ、あれね。
読み手は、あなたの家族でも恋人でもエスパーでもない。
「ねぇ、今日ってあれよね?」。
「ああ、そうだったな。あれの日だか。そろそろ支度するか」。
「あれには遅れないほうがいいからねぇ」。
このような会話が成立するのは、長年をともにした仲の良い夫婦だけだ。
これを翻訳文で見たらどうだろうか。
「これは、その工具を使って、これらの側面に挿入します。その有効期限は、それらの箱の内側に記載されています。その使用方法については、その箱の中で提供されている説明書をご覧ください」。
イラッとするだろう。こんなテキストにお金を払いたいだろうか。これなら、Google先生の翻訳がもっといい味を出す。
この例はひどいって思ったって?いやいや、本当にこういう訳でトライアルに出してくる人もいるのだ。もし、思い当たるのなら、ぜひこの機会に考え直してもらいたい。
読み手はあなたを知らない。あなたを全く知らない人が見てもわかる表現で翻訳しよう。
それってどれ?
読み手が困惑するような表現は避けるべし。混乱しないように、できるかぎり代名詞を明確にしよう。
中学や高校の国語や英語の問題に、「『それ』とは何を指していますか?」や「この『it』は何を意味するか答えよ」というものがある。
これは文章の読解力をテストするための問題だ。ときには、わざと曖昧なところを選んだりして、テストを難してくることもある。
しかし、翻訳者として文章を訳す場合、この曖昧さを翻訳文書に書き出してはいけない(特別な理由がある場合を除いて)。
英語表現では、単語の繰り返しを嫌う(というよりダメと教わる)ため、可能な限り別の単語に置き換えたり、代名詞に置き換える。それが良しとされる文化なのだ。
しかし、原文がわかりづらいことも多い。 itやらthatやらが何を指しているのかが曖昧なこともある。
だからこそ、質問し、クエリーを書き、説明を求めるのだ。
小説やアニメなどクリエイティブテキストは除くが、曖昧な表現、わかりづらい文、意味不明な文は、リンギストが責任を持って意味を明瞭にし、問題を解決して読み手まで届ける必要があるのだ。
代名詞が指しているものを理解した上で翻訳を行う。曖昧なままやり過ごさない。
“変換”から”翻訳”へ
型通りの訳に置き換えるのは「変換」、奥にある意味を考えて親切に書き換えるのが「翻訳」だ。
ぼくが多くの記事でも書いていることだが、機械翻訳の精度は非常に良くなっている。今や、機械翻訳でさえ周りの単語を参照にし、自然な訳を生み出せるように設計されている。
そこで、人間の翻訳者が雑な変換訳を生み出していては、仕事がなくなることは明らかだ。
ここで言えることは簡単だ。今すぐ「変換」をやめて「翻訳」することを考える必要がある。「it」 なら「それ」、「They」なら彼ら/彼女らというのは変換だ。これは代名詞に限ったことじゃない。
前章でも書いたが、翻訳であれば、まず典型的な中学・高校の「itは何を指すか」といった「あいまい問題」を解き、それを読み手にわかりやすく示す。そして、ぼくらが既に解いた問題を読み手が再び解かなくてもいいようにする必要がある。
そこまでして「翻訳」だ。そう、いたれりつくせりなのだ。
そこまでするから、人間様にお金を払うってなもんだ。
当然のことを言おう。ヒューマントランスレーションのサービスは、人間が関与する。
人間は気をつかうことができる。
原文で意味が曖昧な場合には、複数の意味が考えられることもある。機械なら確率を計算し、最も合うであろうものを選ぶ。そして、そのまま訳を打ち出すだろう。
ぼくたちは人間だ。お客さんに問い合わせて、問題を解決することができる。そして、意味を明確にして、人間の頭で考え、気づかいの行き届いた訳を生み出すことができる。
よい翻訳を生み出すには、一手間かけることだ。ショートカットをするなら機械翻訳にまかせればいい。
これが人間らしさで、ヒューマントランスレーターとしての価値だ。これを忘れ、思考停止状態で変換だけのテキストを送りつけていれば、「機械でいーじゃん」って言われちゃうよ。マジで。
○○という単語 = XXという訳といった型ではなく、状況に応じて意味を掘り下げ、その上で翻訳する。
さいごに
初心者がこのような状況に陥るのは、理解できないことじゃない。丁寧に仕事をしようとすると、一語一句訳そうとしてしまうものだ。その丁寧さ、几帳面さだけは残せばいい。後は、いかに読み手のことを「考える力」を養えばいいのだから。
それができれば、あなたも立派なヒューマントランスレーターだ。
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