ゲーム翻訳者の現実(英日)

game pad

ゲーム好きで翻訳業界に興味のある方なら、ゲーム翻訳者に憧れる人も多いだろう。ただ、ゲーム翻訳者による実際的な様子をうかがえるような資料は少ない。今回はそのことについて説明しよう。先に結論を言ってしまおう。「ゲーム翻訳はあまりおもしろくない。ゲームはプレイするほうが楽しい」。

ゲーム翻訳者の仕事

computer desk

ゲーム翻訳は、その名の通りゲームを翻訳するのだが、作業内容はさまざまだ。一般的に、現在では、スマートフォンアプリゲームの翻訳やPCゲームの翻訳需要が多い。最近のゲームは規模も大きいため、一人ですべてを翻訳することは少ない。ベンダーやエージェントが翻訳をコーディネートし、複数の翻訳者に割り当ててプロジェクトを進めていくのが一般的だ。

翻訳内容も多種多様で、ユーザーインターフェイス(ボタンなど)、キャラクターのセリフ、アイテムの名前や説明、ストーリーラインの翻訳と幅広く存在する。ゲームの規模が大きければ、それぞれの翻訳者にいずれかのカテゴリが割り当てられることが多い。

複数の翻訳者でプロジェクトを進める場合は、SkypeやSlack、Google Chatといったオンラインコミュニケーションツールが用いられる。これにより、翻訳者それぞれが連絡を取り合い、用語やスタイルの一致などを確認しながら作業を行うことが可能になる。

施設投資について

devices

ゲーム翻訳者は普通の翻訳者と違って特殊なハードが必要となる。そのための施設投資はなかなか高額だ。ゲームのプラットフォームも多様で、簡単に考えてもAndroid、iPhoneアプリゲーム、PCゲーム、PS4などが挙げられる。ゲーム翻訳者であれば、これらのゲームをプレイして作業を行うために、これらの端末が必要となる。「携帯端末ならAndroidかiPhoneのいずれかでよいのでは」と思われるかもしれない。しかし、ゲームによっては、iPhoneまたはAndroidのいずれかのみサポートのものもあるため、AndroidとiPhone端末の両方が必要となる。また、 携帯端末のゲームも進化し続けているため3Dゲームなどのハイスペックを要求するゲームとなれば、モバイル端末であっても、それなりのグレードのデバイスが求められる。さらに、PCゲームともなると、ハイエンドのPCが必要となる。特にグラフィックカードは高額で、最新ゲームをキレイにプレイするとなれば、10万円ほどかかるのもざらではない。

つまり、ゲームを専門とする翻訳者には、多種多様なゲームをプレイできる環境が必要となるわけだ。
例:Android端末、iPhone、iPad、ゲームPC、PS4。

また、モニターも複数必要となる。1つでゲームを映し出し、もう1つでエディタを開いて翻訳を行う。さらに、資料用などに1台と、3台くらいで作業するのが効率的だ。

これらを考慮すれば、施設投資に数十万円は普通にかかる

実際のワークフロー

workflow

実際のワークフローを簡単に説明しておこう。おおまかな流れは次の通りだ。

交渉・受注
ここでは、プロジェクトの規模や担当部分の話を行う。また、納期や報酬などの交渉も行う。

ファイルの受け取りと確認
プロジェクトを引き受けることになったのなら、作業キットを受け取り、全体的に目を通す。細かい説明や用語集などにも目を通して、質問すべきことを書き出しておく。また、サブ資料(動画やPDFなど)があればこれにも目を通す。場合によっては、秘密保持契約に署名を行う。未発売のゲームであれば、その内容を外にもらさないことを約束しなければならない。

ゲームの受け取りとプレイ
多くのゲームプロジェクトでは、そのゲームをプレイできる場合が多い。開発中の実行ファイル一式を送ってくるベンダーもいれば、Steamのゲームキーを送ってくる会社もある。また、チートエンジンも送られてくるのでその動作確認などを行う。チートエンジンについては次で詳しく説明しよう。

翻訳に取りかかる
キャラクターのセリフであれば、その性格や性別を考慮しながら、なるべく自然になるように訳すことを心がけなければならない。アイテムや武器であれば、実際にその画像を見たり、動画を見て名前の訳を考える。ときよっては、完全な意訳が必要となることもある。
また、複数の翻訳者と一緒にプロジェクトを進めるのであれば、コミュニケーションを取りながら、用語やスタイルにばらつきができないように努めなければならない。

質問をまとめて問い合わせ
ゲームを実際にプレイしたり、画像・動画を見たりしても、わからないところが必ずあるので、その質問をまとめておき、それを質問する。プロジェクトによっては、Google Docのようなオンライン共有型のファイルを使用して、質問を書き込むと、ベンダーが回答してくれるようなこともある。

編集・レビュー
プロジェクトの規模が大きくなればなるほど、翻訳を進めていくにあたり全体的な変更が必要になることも多い。これは例えば、キャラクターの口調を変更したり、用語をいじったりということだ。このような変更や追加が全体にわたって一環していなければならない。これには相当な時間がかかることもある。

納品
チェックが終わり、これまでの質問の答えを確認できたら納品を行う。通常はこれで終わりだが、場合によっては、納品後のレビューフィードバックに回答しなければならないこともある。

ゲームを楽しんでいるヒマなんてない

「やっぱりゲームをプレイできるのね、報酬を得ながらゲームをプレイできるなんてうらやましい」。と思われるかもしれない。ただし、現実は厳しい。ゲーム翻訳は映画や小説の翻訳とは違い、厳しい締め切りが設定される。実際には、1時間あたり、1000文字から1200文字の翻訳を要求されることも少なくはない。ゆっくりとゲームをプレイしている時間などない

そこで、作業者の時間を短縮するために開発段階用のチートツールが送られてくるのだ。このツールでは、俗に言う「神モード」を利用できる。RPGでいえば「超強くてニューゲーム」。レベル、お金、武器、防具、すべてを所有して、すべてがマックスの状態だ。また、このチートツールには、イベントのスキップ機能もある。アクションゲームやRPGでは壁をすり抜けられる機能すらあるのだ。

このようなツールを使っても時間が間に合わないことも多い。その場合はどうするか?ぼく個人の方法を紹介すると、翻訳しているゲームが英語版で既に発売されている場合は海外YouTubeゲーム実況を利用させてもらう。なにせ自分でプレイする必要がなく、状況に合わせてスキップできる。また、クリアが難しい箇所でも編集されているから、サクサクと進めることが可能だ。

ゲームが好きでもゲーム翻訳が楽しくなるわけではない

a girl with tablet

「チートツール」を使用することや、自分ではプレイせずに海外ゲーム実況に頼ることは説明した。もうおわかりであろう。もはや「ゲームを楽しくプレイする」という世界ではない。つまり、ゲームが大好きでも、この仕事が大好きにはならないのだ。クリエーターならば、命を吹き込むようなクリエイティブさがあるが、翻訳は違う。既にできあがっているものを機械的に変換するだけだ。状況に合わせた意訳や想像力を働かせた訳を生み出すなど、翻訳は変換ではないという人もいるが、そのようなスキルはゲーム翻訳者には当たり前に求められるもので、特別なことではない。
おまけにクリエーターと比べれば報酬も少なく、おまけに軽視されがちだ。

ヒドイ発注者もいる

pile of docs

多言語化を扱う部署や人材のいない会社からの依頼に多いのだが、何も整理していないテキストをそのまま丸投げしてくる発注者も存在する。通常、ゲームの翻訳を外注する場合、作業ファイルをしっかりと準備しなければならない。キャラクターのセリフならば、キャラクターごとにテキストを分け、キャラクターの名前を記し、そのキャラクターの説明(性格や性別など)を適格に示す必要がある。このような作業を全く行わずに、テキストがランダムに陳列した作業ファイルを送りつけてくるベンダーも多数存在する。テキストの区分けなどを要求しても、「自分でなんとかして」と言われる場合すらある。こうなってしまうと、プロジェクトのコーディネートから作業を開始しなければならない。

筆者は駆け出しの頃は経験を積むため、このような準備の整っていない仕事でも引き受けてきたが、現在では、このような仕事はお断りすることが多い。翻訳以外の仕事が多すぎて、時間がかかりすぎてしまうからだ。

報酬

payment

レートは特に他の分野と大差はない。平均的なレートが1ワードあたり0.08~0.09 USDで、良くても0.1~0.12 USDが限界だ。このレートもシビアで、年々下がってきているのが実際だ。機械翻訳の発展で、多くのテキストに機械翻訳が適用される場合も少なくない。そうなると報酬はさらに下がってしまう。機械翻訳については後ほど詳しく説明する。
レートを高く保つには、やはり、翻訳会社から仕事を受けるのではなく、ゲームメーカーと直接契約することだ。

著作権やクレジットについて

copyright

翻訳エージェントを通している場合、翻訳実績は翻訳会社のものとなる。つまり、「ボクがこれ翻訳したから、ボクに著作権があるよ」とは主張できないことになり、そのクレジットはすべて翻訳エージェントのものとなる。また、注意しなければならないのは、多くの秘密保持契約(NDA)では、翻訳にかかわったことを開示すること自体を禁止している場合もある。つまり、「〜というゲームの翻訳はボクがやりました」と主張できないことを意味する。ここで重要なのは、著作権を主張することはもちろん、「翻訳に関わりました」と発言することさえできないということだ。

ベンダーと直接契約している場合であっても、その著作権を主張できないことが多い。ただし、ベンダーとの直接契約であれば、「ボクがやりました」と主張できる場合も多い。これについては、直接質問することをおすすめする。

ゲーム翻訳者になるには?

これだけ、ネガティブなフィードバッグを読んでもゲーム翻訳者になりたいという方もいることだろう。
ゲーム翻訳といっても、基本的な仕事の受け方は普通の翻訳案件と大差はない。

トライアルを受ける(既に登録済みの場合は不要だが、プロジェクトごとにトライアルを要求されることもある)

プロジェクトにアサインされる

見積もりや納期などの交渉

仕事を始める

多くの案件は翻訳会社から割り当てられるので、ゲームコンテンツをよく受けている会社に登録するのが手っ取り早い方法だ。いくつか会社を紹介しておく。

Lionbridge
Mogi Group
Keywords Studio
EC Innovations
Localsoft

それなりに腕が立ち、経験も豊富ならばゲームのベンダーと直接契約すると有利だ。しかし、報酬こそ高めだが、トライアルや書類審査も厳しくなるので初心者には向かない方法だろう。

ベンダーと直接契約する場合は、何も翻訳者が公式に募集されている必要はない。「海外のゲームで、おもしろいが日本語が存在しない」というものならチャンスはある。そのようなゲームがあれば、会社に直接メールで交渉してみるといいだろう。場合によっては、専属の翻訳者になれることだってあるくらいだ。これはゲームに限った話ではない。好きなソフトウェア、いつも見ている番組、なんでもいい。直接メールで交渉すれば、案外良い答えが返ってくる場合も結構あるのだ。

ゲーム翻訳では多くの場合、実務経験が求められる。経験がない人はなかなか始められない場合も多い。ただし、手がないわけではない。経験がないのなら、経験するしかない。その方法とは、翻訳を必要としてそうなフリーゲームのプロジェクトを見つけて貢献するのだ。ここで活用するのがGoogle。現在では、非常に多くのフリーゲームも多い。大手のゲームだけでなく、もっと弱小チームのつくったゲームも存在する。そのようなプロジェクトではローカリゼーションにコストが至っていないことも多く、翻訳自体が行われていない。そのようなプロジェクトを見つけられればチャンスだ。報酬はもらえないかもしれないし、タダ同然かもしれない。ただし、履歴書にはしっかり書けるので、このような案件を地道にこなしていくのもキャリアアップの方法の1つだ。

機械翻訳について

AI

機械翻訳も精度が上がり、ITや特許などは機械翻訳が大部分の仕事をこなすようになった。だが、クリエイティブコンテンツは違う。ゲームや小説などは人間による翻訳がまだまだ必要だろう」。といった意見もたびたび耳にする。ところが、これはもう数年前の話だ。現在では、ゲーム分野すなわちクリエイティブ分野にも機械翻訳が広まりつつある。実際ゲーム業界でも多くの企業が機械翻訳の導入に積極的な姿勢をみせている。ゲーム会社のジャイアントEAゲームもその1社だ。EAゲームでは外注翻訳に機械翻訳を適用することを正式に取り決め、そのコストダウンに成功している。

文芸翻訳についても既に業界が動いている。現在のところでは、文芸翻訳に特化したエンジンなどはないが、優れたものができるのも時間の問題だろう。AIとディープラーニングを使用すれば、キャラクターの性格や特徴をあらかじめデータで入力して機械翻訳を生成するツールなどはすぐに作られるだろう。

ゲーム翻訳に限らず、AI翻訳の品質を下回るものしか納品できないのであれば未来はない。

ゲーム翻訳者をしていてよかったこと

well done

苦労ばかりでつまらないことも多いゲーム翻訳だが、良いことも確かにあるものだ。それは、ゲームが実際にリリースされて、そのゲーム実況を見るときだ(さすがに自分でプレーする気にはならない)。実況プレーヤーが「きちんと翻訳されていますね」とか「ちゃんとした翻訳があって嬉しい」なんて言ってくれるとうれしいものだ。また、Steamのゲームレビューでも同じような内容のコメントを見ると「やってよかった」と思うことがある。

さいごに

いかがであっただろうか。「夢をぶち壊された」と思う方もいるかもしれないが、これが現実なのだ。個人的には、ゲーム好きであれば、ゲームはプレイしたほうが楽しい。最初からネタバレして、超強くてニューゲームで急いでプレイしなければならない状況ではゲームはつまらなくなる。

個人的なフィードバックはこれだ。
ゲーム翻訳者としてやっていくには、根気とクリエイティビティを持ち合わせ、施設投資と勉強を怠らず、つまらないゲームをプレイできる精神力が求められる。
ほらね。ゲーム翻訳者なんてもう嫌になったでしょう?大丈夫、ぼくだって同じだ。

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