つまらないリンギスト

boring

ぼくは、さまざまなベンダーの品質保証やレビューに携わってきた。そこで、つまらないことを言う人たちを少なからず見てきた。きみが駆け出しの翻訳者・通訳者であったり、これからなろうとしているのなら、よく考えてもらいたいことがある。良いところを評価できるリンギストになろう。そして、レビューや品質保証は、「難癖をつける」ことじゃない。メッセージがより明確かつ正しく伝わるようにするための作業だ。

つまらないケチをつけるな

ぼくがあるイベントに翻訳仲間たちと行ったとき、こんなことがあった。そのイベントでは、IT関係の会社のお偉いさんが来日してスピーチをした 。日本での公演だったこともあり、そのイベントには通訳者が雇われていた。彼女の同時通訳は本当にすばらしく、日本語としての表現も自然で専門用語もしっかりとカバーされていた。通訳の入れ方も絶妙で、後援者も通訳者に気を遣うことなく、自由にしゃべれている様子だった。ぼくには通訳の経験は全くない。通訳者にとってそれは当たり前かもしれないが。

そんな通訳者を見て、ぼくは「すばらしい通訳者だ」と言った。しかし、仲間たちはなにやら、ひそひそと話をしていた。なんだろうと思い、内容を聞いてみると。なんともつまらないことだった。

○○を××って訳してたよね、それって違うよね。正しくは○○だよね

たしかに、その言い分は間違っていなかった。ぼくも気がついてはいたが、そんなもの気にならないくらい全体的な通訳がすばらしかった。

でも、どうだろう。ぼくの仲間たちは、彼女の全体的な完成度には一切触れず、彼女のたった1つの間違いをつまみ出し、そこを批判していた。これを聞いて、ぼくはその場にその人たちと一緒にいることが恥ずかしくなった。

講演の後も彼らはそのたった1つのミスの話で盛り上がっていた。ぼくは、その通訳者のところへ行き、「とても素晴らしい通訳で感動しました」と言って握手を求めた。

すばらしい通訳・翻訳に出会えるのは、うれしいことだ。ありがたいことだ。妬むものじゃない。そういうときは、ちゃんと評価して「すばらしい」と言おう。優れたものを優れたものとして認識して、それを評価できることも翻訳スキルの1つだ

縄張り意識

翻訳には、「これは〜がやらないとダメ」なんていう縄張りなんてない。ちゃんとしたものを生み出せるのであれば誰がやってもいい。会社員が副業でやってもいい。主婦が小遣い稼ぎにやってもいい。学生がバイト代わりにやってもいい。翻訳という仕事は聖職でもなければ、一部の選ばれたものだけの聖業でもない。「主婦が低いレートで仕事を受けるから単価が下がる」なんてことが言われているが、思い違いもいいところだ。レートが下がるのは、テクノロジーの発展でCATツールや機械翻訳がどんどん向上してきているからだ。ものすごく低いレートで仕事を受ける人がいるからじゃない。

あるゲーム翻訳プロジェクトのレビューを担当したときにこんなことがあった。そのプロジェクトには、2人の翻訳者(以下A、Bとする)と1人のレビューアーのぼくが割り当てられていた。プロマネ(プロジェクトマネージャー)によると、その2人の翻訳者は作業部分の決定において少しもめていたという。要するに、Aが「一貫性や品質を守るためにも私が全部やるべき」だとか「私が全体の80%の翻訳を担当したい」と騒いでいた。

Aの言い分はわからないものではない。Aはそのゲームの前作の翻訳を1人で請け負っていた。しかし、今回は納期が非常に短く、1人では手に負えないので、翻訳者Bが参加することとなった。Aは「品質を守るために納期延長の交渉をすべきだ」と主張したが、延長することはできなかった。

プロジェクトは、Aが不満を抱えた状態で開始した。始まってすぐ、Aは「Bがしっかり仕事をできているか見せてほしい」と言ってきたので、ぼくがまだレビューしていないBの翻訳テキストを見せた。すると、Aはこんなことを言い出した。

全然ダメ。こんなんじゃクライアントに出せるものは仕上がらない。Bの品質は悪すぎるから外すべき。私が全部やるからクライアントになんとか交渉して」。

このAのコメントにより、プロマネがレビューアーであるぼくにBの品質を細かくチェックするようにPMから言われた。すぐにBの品質を細かくチェックした。しかし、別に悪くない。Aの主張にもあるように、一貫性だとか、全体的な不一致みたいなものがなくはなかった。でも、それはぼくがレビューのプロセスでカバーできる範囲のものだった。

その旨をプロマネに伝えた。すると、Aが発狂。「私の言ってることが信用できないの」と怒りだした。しかたがないので、このプロジェクトには関係ない別のリンギスト3人にも品質をチェックさせた。しかし、全員の意見はだいたい一致していた。「別にAが騒ぐような問題はない」。

Bに特に問題がないことがばれてしまったAは黙った。そして「もういい」と作業を再開した。

Aは自分の仕事に縄張り意識を持ち、他の人に触らせたくなかった。しかし、時間の関係上から他の翻訳者に手伝わせざるを得なかった。だが、Aはそれをおもしろくないと思ってめちゃくちゃなことを言い出していたのだ。その後Aはプロジェクトから外された。

なんとも幼稚な例だと思うかもしれないが、ぼくは似たような事件を数回経験している。

私欲のために他人を蹴飛ばしてはいけない。自分の仕事に誇りを持つのは良いことだし、その品質を守ろうとする姿勢は悪くない。だが、このような自分勝手な行動にでれば、今後信用を失うことになる。

信用は得るのは難しいが、失うのは簡単だ

めちゃくちゃなフィードバック

とある翻訳エージェントから、なんともおかしな案件の話が入りこんだ。プロマネがおかしなことを言っている。「この案件、すぐに翻訳者がやめちゃうんですよ。担当してもらえませんかね」。内容はスポーツ用のスマートバンドのメーカーからで内容も特に難しいものではなかった。納期もそれほど厳しいものはなく、普通の案件にか思えない。

というわけで、すぐに了承し、案件に取りかかって納品した。すると、クライアントからフィードバックがあるので見てほしいと言われすぐに目を通した。すると、名誉毀損レベルの誹謗中傷が書き込まれていたのだ。

これって本当にベンダーからのフィードバックなの?

と思うような内容だった。

具体的な内容をいうと、「これは機械翻訳だろ」、「おまえは日本語ネイティブじゃない」、「典型的なアジア圏の非ネイティブ翻訳者の仕事だ」だとか、「こんなのに金は払えない」、「あんた本当に翻訳者?」、「それでよく自分を翻訳者と呼べるな」などなど。ぼくの納品したものがそこまで悪いものであるなら、仕方がないのかもしれない。

だけど、ぼくはいつものように全力で仕事をし、見直しやQAチェックをして納品している。この案件は、翻訳エージェント側のレビューは含まないものだった。それは、チェックはメーカーで行うということで、その分の割引もあったのだろう。

ぼくは、あのレビューの内容には、納得いかないのでエージェント側でぼくの納品テキストをレビューしてもらうように伝えた。そして3人のレビューアーに品質チェックを行ってもらった。しかし、メーカーのレビューアーが主張した問題は見つからなかった

ぼくはその旨を伝えるため、詳細なレポートを書いた。内容はこうだ。

「ぼくは自分で提供できる最高の品質をいつも通り提供しました。納品前には、品質チェックを行い、レビューして編集し、QAツールをかけています。「機械翻訳ではないか」や「ネイティブではない」ということですが、3人のレビューアーにるチェックを行いましたが、そのような問題を指摘した人はいませんでした。もう1度内容を確認していただけませんでしょうか。もし、それでも問題があるということでしたら、もう少し詳細なフィードバックをいただければと思います。よろしくお願いいたします」。

その後、クライアントから、レビューアーの担当者を変えたという連絡が入った。そして、ぼくの納品にOKが出た。それだけでなく、これまで却下されていたテキストも「すべて問題なし」ということになった。

あのめちゃくちゃなフィードバックをよこしたレビューアーの意図はわからない。しかし、フィードバックを行うときは、やり方を気をつける必要がある。まずい点があるのなら明確な指摘が必要だ。難癖をつけるのがレビューじゃない、品質チェックと品質向上がレビューアーの役割なのだから。

さいごに

ぼくは個人的に、「翻訳者にはプライドの高い人が多い」と思う。それが悪いことと言っているのではない。自分の仕事に対する品質や基準を意識し、それを守ろうとするのはいいことだ。ただ、このプライドが変な方向に進めば、たちまちつまらないものになってしまう。

駆け出しの人たちに言いたい。評価やフィードバックは感情的にならないように気をつけよう。相手に敬意を払い、相手を尊重することを忘れてはならない。

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